『交通行動の社会心理学』書評


●月刊運転管理 2001年4月号 シリーズ21世紀の社会心理学10 交通行動の社会心理学―運転する人間のこころと行動

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クラクションによる路上トラブルが発生しやすい条件
 高ストレス時代。クラクションの不適切な使用によるトラブルは避けたいもの。路上での感情的なやりとりは,業務用車の場合,企業イメージの低下にもつながりかねない。帝塚山大学教授(交通心理学)蓮花一己さんによると,攻撃的と受け止められかねないクラクションの鳴らし方には,それなりの共通性もみられるようだ。本書第8章「カーコミュニケーション」のなかで,蓮花教授はつぎのように述べている。
 自分の前方や後方で「ププッ」とクラクションが鳴ると気になるものです。「何が起こったのかな?」とか「誰か怒っているのかな?」とか考えてみて,あちこちをキョロキョロしたりします。
 たとえば,交差点の信号が赤で停止していたとします。信号が青になったのに気がつかず,うしろから「プッ」と軽くクラクションが鳴らされることがあります。このクラクションは短いものである限り,「信号が青に変わっているよ」というメッセージを伝えると判断されることが多い。ところが「プププープー」と長いクラクションをうしろから鳴らされたらどのように人は感じるでしょうか。人によっては驚いたり,「うるさいなあ」と不快に感じるでしょう。
 同じ状況でも人によって鳴らし方が異なり,感じ方も異なるのが自動車のクラクションです。
 研究の結果,クラクションにはほぼ3種類があることが推定できました。
 第1が社会的エチケットのクラクション,次に安全確保のクラクション,最後が感情表現のクラクションの3つです。
 おのおののクラクションの長さに特徴があり,感謝等の社会的エチケットのクラクションが大体の目安として0.1秒程度であり,第2の安全確保のクラクションが0.3秒程度です。第3の感情表現のクラクションは,0.5秒を超えるクラクションとなります。
 初心者の鳴らすクラクションは安全確保と感情表現との区別が不明確で,それを聞いた相手にとって,攻撃的な感情表現と受けとめられやすいのです。
 実験結果によると,どのような交通状況でも平均して0.5秒を超えるクラクションを鳴らすドライバーが一定の比率で存在しています。これは非公式のコミュニケーションとして発達してきたカーコミュニケーションがまだまだ普及途上にあることを物語っていると同時に,コミュニケーションの不成立,すなわち「ディスコミュニケーション」の危険性が非常に高いことを予測できます。
 何気ないクラクションが相手にとっては「この馬鹿野郎!」というようなきわめて挑戦的,攻撃的な意味と受けとめられる恐れがあります。このように,クラクションは攻撃への契機となりやすいコミュニケーション装置といえるでしょう。
 なぜ,カーコミュニケーションの場面で攻撃行動が生じやすいのでしょうか。カーコミュニケーションではお互いの意思疎通が困難といえます。しかし,困難だからといって,なぜ攻撃に転化しやすいのかが問題となります。この現象は欧米でも,『路上の激怒(roadrage)』としてとくに問題視されています。
 その理由として考えられることを列挙すると,第1に,道路が見知らぬ人が大勢遭遇する『公共空間』であることの影響です。
 第2に,相手のドライバーが見えにくいあるいはまったく見えないという『相手の不可視性』の影響です。相手が見えない状態では相手との心理的距離が大きくなり,攻撃を抑制することができなくなる可能性があります。
 第3が,騒音や生活テンポなど運転時の焦りやストレスが欲求不満となり,攻撃に転化するという考え方もできます。
 以上の要因が複合的に作用して実際の攻撃行動となっていると推測できますが,この分野での研究はまだあまり進んでいません。
 第2の要因である不可視性の影響について,たとえば,ターナーらは興味深いフィールド実験を実施しています。
 実験者が乗った先行車を信号停止させ,信号が青に変わっても発進させない状態で,後続車が12秒以内にクラクションを鳴らすまでの反応時間とその回数を調べました。
 彼らは先行車のドライバーがよく見える条件(可視条件)と見えない条件(不可視条件)を設定して,不可視条件のときに,後続のドライバーがクラクションを鳴らす比率が高くなることを示しています。相手のドライバーが見えている可視条件では,後続車のドライバーの31.2%しかクラクションを鳴らしていないのに対して,ドライバーが見えない不可視条件では52.2%のドライバーがクラクションを鳴らしました。
 また,攻撃を誘発させる刺激として,先行車(実験者)の後部にライフルが置かれており,かつステッカーが貼られている場合には,後続車のドライバーがクラクションを鳴らす比率は一段と高くなりました。ステッカーの文字も『友情』というものよりも『復讐』の文字の方がライフルと結びついて攻撃行動としてのクラクションを触発させたとしています。
 蓮花の研究でも,さまざまのクラクション事態を設定して,ドライバーが見える可視条件と見えない不可視条件で被験者にクラクション反応を求めました。
 攻撃と見なされる長いクラクションの比率は図のように,初心運転者群でも経験運転者群でも不可視条件で攻撃的クラクションの比率が高くなっています。
 ITS技術を用いるなどの新しい手法を用いて「顔の見える」運転を行うことで,どのようにして「路上の激怒」ないし攻撃行動を抑制できるかは,21世紀の車社会にとって重要な研究課題です。


●労働の科学 2002.57巻7月号 BOOKS シリーズ21世紀の社会心理学10 交通行動の社会心理学―運転する人間のこころと行動
BOOKSより抜粋

 本書は自動車ドライバーの心理学を比較的平易に解説した学術書である。
 人がさまざまな対象を見たり聞いたりして情報を得る過程,すなわち「知覚」や「認知」も社会的な要因に影響を受ける。安全な運転をするために必要な「危険(リスク)」の知覚などは,これが特に当てはまる例である。どこまでスピードをあげたら危険なのか,といった判断はさまざまな心理的,社会的要因による修飾や汚染を蒙るであろう。
 本書は,運転行動を上述のような「社会的な行動」として,そして運転者の知覚・認知を「社会的な認知」としてとらえる社会心理学の視点から,運転行動,特にその安全性に関する研究成果を紹介したものである。序章と5部,計13の章からなり,10名が分担執筆している。
 道路をひとつの社会とし、運転行動を社会的行動として捉えた本書を概観すると、道路はまさに社会の縮図であり、時間切迫性と暴力性が「増幅」されたものという感がある。社会心理学的な研究やそれに基づく安全教育は、この増幅部分の解明や問題解決の鍵となるものかもしれない。
 やや専門的な部分もあるが、安全運転のための啓蒙として有意義な部分が多い。心理学に興味をおもちの一般ドライバーの方にもおすすめできる。(鈴木一弥)