『ゆたかなシニアライフ−1』書評


●看護教育1999年5月号 第40巻第5号(医学書院) シニアライフをどうとらえるか 「Books書評」

 だれもが年をとる。高齢社会の問題がだれにとっても切実になりつつあるなかで,高齢社会を真剣に見据える姿勢がますます求められている。
 本書では,高齢者の可能性に焦点を当て,看護学,心理学,精神医学,生涯学習,哲学などさまざまな領域からの研究・提言を集めている。専門領域にとどまらない広い視点から高齢社会をとらえることで,今後の方向性をつかむきっかけにしたい。

●中国新聞 1999年4月22日 

「高齢者=迷惑」じゃない!!
広島の研究者らが相次ぎ編著2冊
尊厳を認め接しよう「形成期の痴呆老人ケア」
知的好奇心を大切に「シニアライフをどうとらえるか」

 痴ほうになったら何も分からなくなる,という有吉佐和子のベストセラー小説「恍惚(こうこつ)の人」などでつくられた痴ほうや高齢者の否定的なイメージを変えようとする編著書2冊が広島の研究者たちによって相次ぎ出版された。いずれも痴ほうや高齢化ですべての機能が衰退するのではないと強調し,家族や地域も高齢者の知恵など残る能力を認めて心豊かな生活を支えようと呼びかけている。
 広島大総合科学部の石倉康次・助教授編著の「形成期の痴呆老人ケア」(2500円)と柿木昇治広島修道大人文学部教授と山田富美雄大阪府立看護大看護学部助教授編著の「シニアライフをどうとらえるか」(2300円)で,ともに北大路書房(京都市)発行。
 「形成期の―」は,特別養護老人ホームや精神科などの現場をよく知る13人が執筆。1987年から11年間にわたり地域のボランティアが痴ほう性老人を預かっている高知県安芸市の託老所「わすれな草」や,93年に出雲市の精神科クリニックに併設されたデイケア施設「小山のおうち」など先駆的な事例を中心に「痴ほう性老人の居場所づくり」や血の通ったケアのあり方を説く。
 「小山のおうち」の痴ほう男性の手記の一節。
 「どうなったのかなあ,おれは,恥ずかしいなあという感じがします。(中略)同じことを何回も言われると腹が立って手が出ます。迷惑をかけるようになって,罪悪だと思っています。妻に悪いなあと思います。まさか私がこんな病になるなんて,思ってもみなかった」
 福祉社会学専攻の石倉助教授は,「痴ほうになると子どもに返り何も分からない,と家族がそばで平気で悪口を言ったりするのは間違い。本人はすべて分かって悲しい,つらい思いをしている。ただ,記憶力や判断力の一部が欠けているだけ」と指摘。家族など周囲は「介護の視点からだけでなく本人の思いを受け止め,人間としての尊厳を認めながら接してほしい」と求める。
 また,脳血管障害やアルツハイマーなど病気としての痴ほうと,徘徊(はいかい)など問題行動,生活する上での支障を分けて考えることが大切だと強調。医学的に痴ほう症の治療法がない現状では「その人の置かれている人間関係,生活環境に応じたケアで症状や問題行動を軽減している先進事例をもっと学んでほしい」と話す。
 一方,「シニアライフ―」は,柿木教授らが「ゆたかに年を取るにはどうしたらいいのか」をテーマに全国の研究者に呼びかけ,活動しているシニアライフ研究会の議論をもとに大学などの研究者12人が執筆。主に心理学,精神医学,哲学の視点から加齢(エイジング)に伴う変化を理論的に解明している。
 柿木教授は「高齢になるとすべての機能が衰退するのではない。衰退する機能,衰退しない機能を知ることが必要」と話し,特に芸術分野で老年期に円熟した作品が多いことを例に,豊かな生活を送るためには知的好奇心を持ち続けることが大切だと説く。
 高齢社会を迎え,身近な高齢者にどう接するか,自分自身がどのように年齢を重ねていくのか。2冊の本はそうしたことを考えるきっかけになりそうだ。