『チビクロさんぽ』書評


●出版ニュース 1997年10月/中 チビクロさんぽ

情報区
「ちびくろ・さんぼ」の改作版

 黒人差別を助長するとして絶版になった絵本『ちびくろ・さんぼ』が問題点を修正し『チビクロさんぽ』(B5変型判・1冊・1200円・森まりも=絵と文)のタイトルで蘇った。
 ヘレン・バナマン原作の『ちびくろ・さんぼ』は1899年にイギリスで出版,日本では1953年以降,22社から合計130万部刊行されたが,黒人差別との関わりから88年に次々と絶版となった。また絶版については数々論議され話題となった。
 一方絶版を惜しむ声も多く,現在もその声は続いているという。
 本書は,原作は黒人に対する差別的図書であることを前提に企画されたもので,刊行の最大の意図は,〈現在絶版となっている絵本を,その問題点を修正しながら,具体的に1冊によみがえらせることにあります。なぜよみがえらせるのか。それは,作品として楽しくおもしろいからです。そしてその楽しさ・おもしろさは差別意識と無縁のところにあるものであると考えているからです〉と言う。
 改作の「チビクロさんぽ」(さんぽ=散歩)は,主人公を黒い犬に替えた以外は原作のままのストーリー。木の周りをグルグル回った虎が溶けてバターになってしまう有名なくだりもそのまま再現されている。
 また本書の改作刊行にあたって大きな示唆を得たという守一雄氏の論文「『ちびくろ・さんぼ』の差別性をめぐって」が別刷として添付されている。
 差別図書をどう再現したらよいか,本書は一つの試みとして注目される。
 なお,もっとも批判が強かったアメリカでも96年,改作が相次いで2冊刊行されている。

●ウィークリー出版情報 1997年12月2日 チビクロさんぽ

読みつがれる作品の消息
ぼくの名前は「チビクロ」です。
 ワンワン。ボクの名前は「チビクロ」です。えーっと,犬です,ワン。黒いラブラドル・リトリーバーです。ボクの仲間は盲導犬なんかもやっていて「賢い犬」ということになっています。
 さて,今度ボクが主人公の絵本ができましたので紹介させてください。この絵本は,ボクが新しい服を着てジャングルに散歩に行ったときのお話です。だから,『チビクロさんぽ』というタイトルになっています。
 「『チビクロさんぽ』? どこかで聞いたことあるなあ」と思いませんでしたか? そう,あの『ちびくろ・さんぼ』の主人公をボクがやっているんです。皆さんは『ちびくろ・さんぼ』のことはもちろん知っていますよね。岩波書店版が一番有名でしたが,その他にもいろいろな出版社からたくさんの種類が出版されていたハズです。でも,それはみんな1988年から89年にかけて絶版になっちゃったんですよね。でも,その理由はほとんど説明されないままでした。
 実は,以前の絵本で一番の問題だったのは,主人公の男の子の名前だったんです。この名前は歴史的に黒人に対する蔑称として使われてきました。だから,その名前を聞いただけで忌まわしい過去が思い出されることになったのです。それでも,人種差別が遠い過去のことになってしまっていれば,そんなに問題にならなかったのかも知れません。現実に,まだ人種差別が厳然として残っているからこそ,問題視もされたわけです。
 「じゃ,違う名前に替えればいいじゃないか」って思うでしょ? でも,話はそう簡単じゃないんです。だって,今まで『ドラえもん』っていうマンガだったのが,急に『タマのすけ』に変わっちゃったら違うお話だと思っちゃいますよね。現に同じように差別的だと問題になった『シナの五人きょうだい』というお話も『王様と九人のきょうだい』になっちゃうと,元の話と同じとは思えませんものね。だから,主人公の名前を変えても元の話と連続性があるようなアイディアが必要だったんです。えへ,実はそこで,ボクの登場ということになったんです。ボクだったら「チビクロ」っていう名前でも変じゃないし,もともとボクがジャングルを散歩する話だからタイトルも『チビクロ(が)さんぽ(する話)』でピッタリです。ですから,主人公以外はお話の展開もまったく同じなんです。もちろん,ちゃんと原作の版権継承者からその許可ももらっています。
 原作と言えば,この絵本もともとはスコットランド人のヘレン=バナマンさんという人が作ったインドの子どものお話だったのに,アメリカでは違う絵本に作り替えられて,日本でもこのいわば「偽物」だけしか出版されてこなかったことも問題視されていましたよね。
 そこで,今度のボクの絵本ではこの問題も解決しようとしているんです。左ページに文章,右ページに絵という絵本の基本的なレイアウトもそのままですし,1枚1枚の絵の構図もほとんど同じになっています。原作では,トラに脅された主人公がどうやってピンチを逃れるのかが,次のページをめくらないとわからないようになっていて,本当にハラハラ・ドキドキなんですが,岩波版などではそうなっていなかったんです。それが今度の絵本では,スリリングな場面展開にあわせたページ送りが,原作通りになりました。
 そうそう,ボクが主人公でも,前のお話と同じくらい面白いということが,心理学実験によって確認されてもいるんですよ。もっともそれは,ボクのせいじゃなくて,トラさんたちの「活躍」のおかげなんですけどね。(森まりも)

●広報「せいか」 1998年10月 チビクロさんぽ

人権ぷらざ
 皆さんは,『ちびくろサンボ』というタイトルの絵本をご存じでしょうか。かつて,子どもたちにたいへん人気のあったこの絵本は,ある理由から絶版となり,今,街の本屋で見かけることはありません。今回は,この絵本にまつわるエピソードを通して「人権」を考えてみましょう。
[意外性のあるお話が人気]
 もともと,イギリス人のヘレン・バナマンという人が,自分の子どものために書いたものが,絵本『ちびくろサンボ』(原題:The Story of Little Black Sambo)となって世に誕生したのは1899年。今からおよそ100年前のことです。
 日本では,この絵本のアメリカ版をもとに翻訳されたものが出版されました。
 「けんかをしたトラがとけてバターになって,そのバターでホットケーキを焼いて食べてしまう」という意外性のあるおもしろいストーリーが,子どもたちにたいへん親しまれました。
[お話に差別的表現が]
 『ちびくろサンボ』は,長い間,子どもたちのお気に入りの絵本として定番になっていましたが,黒人に対する人種差別的表現が含まれている絵本であるとして,問題となりました。
 その理由として特に問題とされたのは,「サンボ」という主人公である黒人の男の子の名前でした。
 「サンボ」という言葉は,アメリカ社会を中心にして,黒人に対する軽べつ的な呼び名として使われてきたものだったからです。
 また,主人公を含む登場人物の肌の色や顔の特徴などの描かれ方が,ステレオタイプ化された黒人の姿であることも問題視されました。
 そして,1988年。今から10年前に,この絵本は,差別的図書として,日本の書店から姿を消しました。
[新たな題名で再び……]
 先日,図書館で『チビクロさんぽ』という絵本を見つけ,つい手にとってページをめくってしまいました。
 そのストーリーは,ほとんど『ちびくろサンボ』と同じなのですが,「チビクロ」という子犬が主人公になっていました。
 『ちびくろサンボ』ならではの,おかしくもある優れたストーリーを残そうと,その絶版にいたった原因を究明し,問題点を修正することによって,1冊の絵本がよみがえったのです。
 基本的人権の尊重という理念からも差別的表現という事実は,確かに許されることではありません。
 しかし,問題となった事実を,単に消し去ってしまうだけでは,問題の解決につながらないのではないでしょうか。
 どこに差別があり,なぜ差別となるのか,その問題点を明らかにするための糸口を求めることこそが,差別の本質を考える大切な機会となるのです。
 問題となった作品をとりあげ,問題点の究明と修正という視点から克服しようとしたこの試みは,私たちが人権問題を考えるときにも,必要な視点なのではないでしょうか。